三重県津市で伊勢木綿を織り続ける織屋ー臼井織布

お知らせ

2020.07.05
木綿問屋の手拭について   昭和40年頃から50年にかけて、まだ日本の繊維産業が元気な頃、父は全国に鞄を持って営業をしていました。販売が目的ですが、情報交換を主な目的として全国を回るたぶん最後の昔ながらの伊勢商人でした。 営業先の一つで京都の室町五条上るに木綿問屋がありました。現在もその近くで営業をされていますが、そのネットワークの大きさには歴史を感じます。他の木綿問屋さんは、廃業され、全国的に室町の木綿問屋と日本橋の木綿問屋2軒だけだと思います。最近頑張っている処は、浴衣屋さんが多いようです。 その木綿問屋さんは、綿布の販売では取引高が多く、関西一円の小売屋さんに対して季節ごとに又お盆正月明けに、大売出しをしていました。 昭和50年代後半に私もご機嫌伺いに行きましたが、勢いのある売出しを鮮明に覚えています。 売り出しの記念品に、父は手ぬぐいをいただいていましたが会社の玄関にあるロッカーの上に紙に包んで無造作においてありました。 父が亡くなってしばらくして、書類等を整理していた時に気づきましたが、その手ぬぐいは販売目的でなく、記念品として面白いものをということで一つ一つがよく考えられていました。 最近、その京都の木綿問屋さんといろいろ相談することがあり、貴重な資料として保存していた手拭があることを伝えると、驚かれていました。すでに,木綿問屋さんにはその手ぬぐいは無く、事情を聞くと社内の絵心がある人がデザインをして、採算を考えずに作っていたとのことでした。一つ一つよく考えてあり、昔の手拭を復刻することも面白いのではないかと話し合いが進み、少しだけ復元しました。 復刻に当たり、現在ではすでに無くなったデザイン、現在でも通用することを前提に二柄染めてみました。 全部で20柄以上あり、京都の行事(祇園祭や鞍馬の火祭、日々の生活)などをテーマに風情があり現在の手ぬぐいとイメージが違い面白いです。 今後、余裕のあるときに少しずつ復刻してゆきたく思っています。
2020.07.02
豊田式力織機を使っております。Y型と言って。明治時代の設計です。豊田自動織機で有名なG型は大正時代に生産されています。豊田佐吉さんはY型の前には木製の動力織機を作っていたそうです。探されている方はいますが、木製だと長時間使用すると割れるということで鋳物製に変わっていったそうです。その鋳物ですが、現在の製法とは違い、ほとんど研磨しなくてもよい程度まで鋳物の状態で作り上げています。その設計思想ですが、手織り機だと10~15cm織って経糸を巻き取りまた織り出すと言ことで、座ったまま連続で織ることができず、特に慣れないと織物の品質に影響します。また緯糸の杼ですが、いちいち手で飛ばさなくてもよいように改善してあります。 その当時、全国で木綿の増産の必要性に迫られ、各地の大工さんは手織り機の改造をされていました。当地では、松田式織機、丹羽式織機が有名です。その中で、豊田佐吉さんが考案した木製の織機は非常に優秀であったためたくさんのコピー機が作られました。 産業技術記念館からいただいた資料には、その当時の広告に伊勢の国富田金蔵氏お買い上げ300台とあり、全国で一番の台数でした。 基本的な構造は、チキリの送り、反物の巻取り、緯糸の打ち込みなど現在の織機の基本構造をなしています。それ以降、杼替え装置、各種停止装置などを考案され、シャトルチェンジ方式の24時間動くG型を考案されました。 実をいうと、38式、G型があれば欲しいのですがもうほとんど現存していなくて、あれば、産業技術記念館が部品取りに購入されているようです。 以前、刈谷の玄関にy型の幅広に改造してあるのを拝見しましたが、簡単な構造で今でも使えそうでした。 画像は、工場の風景です。
2020.06.24
現在使っている織機は、豊田式力織機といいます。江戸初期から木綿の生産は右肩上がりで増産に次ぐ増産で昭和40年代まで全国各地に産地があり、糸屋さん、染屋さん、糊屋さんなどたくさんの業種の人が切磋琢磨しながいろいろな工程を、機械を改善してきました。その中で、機料屋さんという業種がありました。機械の故障や改善をすることで、当初は大工さんがやっていたと考えます。木製の手織り機を効率よく、座ったままで杼を飛ばし、経糸の自動の送り巻取り(消極、積極)など全国各地で改良を重ねていたと考えます。 当地、伊勢の国の場合、現在の阿山町で松田さんが松田式織機というのを考案されました。また、現在の津駅の近くにて丹羽式織機というのも考案されていました。泉の方では、チキリの送りを砂を使用して均一の送りにしたと聞いています。 そんな中で、やはり豊田佐吉さんの考案した構造が一番最良であったと考えます。レースソードと言ってシャトルを打ちながら織ってゆく。また、経糸の送りは積極送りのラチェット方式やウオームギア方式など常に改善をしてゆき、38型、y型、g型など名機を作り、現在の織機の構造にもなっている基礎を100年以上前に作り上げたことは、素晴らしいと思います。 その、y型を現在修理しながら使っていますが、いまだに豊田佐吉さんのすごさを感じることが多々あります。        
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