2023.09.11
木綿の名前は、河内木綿とか三河木綿と言うように江戸時代に日本橋の木綿問屋で三河の国から来た木綿、河内の国から来た木綿と呼ばれていました。同じように伊勢の国から来た木綿で伊勢木綿と呼ばれていました。決して現在の伊勢市(昔は宇治山田市でした)が名前の由来ではありません。宇治山田市というところは神様がいらっしゃるところで私どもの先祖はそこでは販売せず、街道のお土産として(例えば伊勢別街道沿い)で販売していました。当時、現在の伊勢市での販売はほとんどなく、室町(京都)、日本橋、ドブ池、(大阪)に対する木綿問屋への販売がメインでした。伊勢木綿は伊勢の国の中で細分化をしていました。 桑名縞(現在の益生駅の近く)、富田木綿(四日市市)、神戸木綿(鈴鹿市)、白子木綿、安濃津(津市)、千種織(菰野)などを聞いています。例えば神戸木綿は神戸城の近くで販売していたのですが、生産は伊勢若松の駅の側で生産しておられたと聞いています。実際、私が帰ってきた頃に組合の関係で見学に行ったことがありました。
少しだけ、伊勢福さんを通じて伊勢神宮の近くで伊勢木綿を販売させていただいています。決して神様を利用して商売をするという事はありません。それゆえ、伊勢神宮で見ないとかお小言をお聞きすることはありますが、伊勢商人のスタイルとお考え下さい。
画像は、弊社で織ったかなり昔の木綿です、絣糸がたくさん使われています。